平和はどこから。

0
    5月15日日曜日、私は、早稲田大学の大隈記念講堂にいました。
    「民主主義の逆襲」と題された安保保障関連法の廃止を求める有志の会のイベントの
    客席に座っておりました。

    この日の企画は、
    第一部は、高畑勲監督と詩人のアーサービナードさんの対談。
    第二部に、木村弓さんのライアーのコンサート。
    第三部が、岸井成格さんのトークと、大学連帯挨拶ということで各大学の有志の会の方の話。
    その後、高田馬場駅までデモ行進という内容です。

    ★★★
    対談は深く、日本語という着眼点からの話で、集合意識との関わりなどにもふれていて、
    いろんなことを考え、感じ、高畑監督のすごさを実感。
    木村弓さんは、歌いはじめる前にこういったのでした。
    「まず、一人一人の心に平和を。そして世界に平和を」
    歌で感動し、本物の「いつも何度でも」で涙し。

    その後、うずまく様々なるエネルギーに、頭がガンガンいたくなり、肩もズドーンと重くなり。

    「私の表現とは何か」と考え、、、、、
    ああ、あの二つの話をもう一度確認しよう。と、きた。
    今日はその中の一つを確認できたので、忘れないように書き留めておく。

    <確認したい内容 岷Δ遼砲魏イ蕕譴燭蕁∈犬遼砲鮑垢圭个察廚力叩

    ****************
    <ゲリー・ボーネル氏のお話より>

    神秘家として本当に大切なのは、自主独立した存在になること。
    こちらでもあちらでもない。
    仏陀が言いました。中道です。

    そしてイエス・キリストもまったく同じことをいっているんですよ。
    「右の頬をたたかれたら、左の頬をさしだせ」
    それも中道なんです。


    Q、それがなぜ中道なのかよくわかりません。
      私だったら、殴られたら殴り返しそうです。

    はい。殴られたら殴り返したくなる。それは正義を求めるからでしょ。
    それはバランスを求めるからです。
    それは外側を見ていて、内側にはない。
    正義を外側にみいだそうとするなら、それはあなたの内側に正義がないということです。

    イエスは、殴られっぱなしでいいよといっているわけではないです。
    彼がいっているのは、
    誰かが攻撃してきたら、それに抗うことは、
    相手自体をリアルな存在にしてしまいますよ、と言っています。

    イエスは、外側にあるものに抗うな、と言っているんです。
    外側のものに対して抵抗しているということは、
    実はあなたは内側でもそれに抵抗していると言うことだからです。


    ***************

    アカシックモニター枠を追加しました。
    お申込みはこちらをご確認ください。


     

    コメント
    コメントする








       

    calendar

    S M T W T F S
    1234567
    891011121314
    15161718192021
    22232425262728
    293031    
    << July 2018 >>

    selected entries

    categories

    archives

    links

    profile

    search this site.

    others

    mobile

    qrcode

    powered

    無料ブログ作成サービス JUGEM